地域資源エコ旅事例集

廃校を活用した地域文化継承型エコ旅:伝統工芸体験と多拠点滞在で拓く新たな地域活性化戦略

Tags: 地域活性化, サステナブルツーリズム, 廃校活用, 伝統工芸, 地域連携, 地方創生

導入:地域固有の資源を活かしたエコ旅の可能性

地方自治体を取り巻く環境は、人口減少や高齢化、地域経済の停滞といった多くの課題を抱えています。こうした中、地域固有の資源を再評価し、持続可能な形で活用するサステナブルツーリズムは、新たな地域活性化の柱として注目を集めています。特に、近年増加する廃校を活用した取り組みは、単なる施設利用に留まらず、地域の歴史や文化、自然といった無形・有形資源を結びつけ、地域全体を巻き込む形で展開されています。

本稿では、架空の事例として「奥美濃里山町」における、廃校を拠点とした地域文化継承型エコ旅「里山クラフトステイ」の開発事例をご紹介します。この事例は、伝統工芸体験と多拠点滞在を組み合わせることで、地域経済の活性化、文化継承、そして地域住民の誇りの再醸成に貢献しています。地方自治体の地域振興に携わる皆様にとって、具体的なプロジェクト企画や運営における示唆を提供できれば幸いです。

事例の具体像:奥美濃里山町の「里山クラフトステイ」

奥美濃里山町は、美しい里山景観と清流、そして江戸時代から続く手漉き和紙や木工、陶芸といった豊かな伝統工芸が息づく地域です。しかし、若者の流出や後継者不足により、これらの伝統文化の継承が危ぶまれていました。また、少子化に伴い閉校となった小学校の校舎が数棟存在し、その有効活用が課題となっていました。

このような状況の中、町は閉校となった「里山小学校」を改修し、伝統工芸体験の拠点と宿泊施設を兼ねた複合施設「里山クラフトハウス」として再生させました。これを核とし、町内の古民家を改修した「里山古民家ステイ」と連携させることで、多拠点滞在型の地域文化継承型エコ旅「里山クラフトステイ」が誕生しました。

この取り組みの独自性は、以下の点に集約されます。

成功の要因と秘訣

「里山クラフトステイ」の成功は、複数の要因が複合的に作用した結果と考えられます。

  1. 強力な地域連携体制の構築:

    • 地域住民、伝統工芸家、NPO法人(里山活性化推進協議会)、そして町役場(観光課、教育委員会、地域振興課)が一体となってプロジェクトを推進しました。特にNPO法人が事業主体となり、官民連携のハブ機能を果たした点が重要です。
    • 教育委員会とは、廃校活用における法的側面(「地域における学校の適正配置の基準に関する条例」など)や安全管理に関する綿密な協議を重ね、合意形成を図りました。
  2. 多様な資金調達と補助金の活用:

    • 初期改修費用には、「地方創生推進交付金」や「地域活性化・地域住民生活等緊急支援交付金」を主要な財源として活用しました。これらの補助金は、地域資源を活用した事業の立ち上げを強力に後押ししました。
    • 伝統工芸の振興と文化財保護の観点からは、「文化芸術振興費補助金(地域文化財総合活用推進事業)」なども活用し、体験工房の設備整備や工芸家の研修費用に充当しました。
    • 施設のユニーク性に着目し、クラウドファンディングも実施。地域内外の共感を得て、改修資金の一部を補填するとともに、プロモーション効果も高めました。
  3. ターゲット顧客の明確化と多様なプロモーション戦略:

    • ターゲットを「本物の体験を求める旅行者」「伝統文化に興味のある層」「家族旅行」「教育旅行」「ワーケーション利用者」に設定しました。
    • ウェブサイトやSNSでの情報発信に加え、旅行会社との提携、旅行博への出展、地域情報誌への掲載、さらにはインフルエンサーを招いたモニターツアーの実施など、多角的なプロモーションを展開しました。
  4. 具体的な成果指標(KPI)による事業評価:

    • 事業開始以来、以下のKPIを設定し、定期的に評価を行っています。
      • 年間宿泊者数:目標1,500人に対し、初年度1,200人、3年目で2,000人を達成。
      • 伝統工芸体験参加者数:年間3,000人を目標に、3年目で4,500人を達成。
      • 地域経済波及効果:年間5,000万円以上を創出。
      • 雇用創出数:地域住民を対象に、常勤5名、非常勤10名を新規雇用。
      • リピート率:体験参加者の20%が再度地域を訪れる。
      • 工芸家の収入増加:平均20%増。
    • これらの数値目標を設定し、PDCAサイクルを回すことで、事業の改善と持続可能性の確保に繋げています。

直面した課題と解決策

プロジェクトの推進においては、いくつかの困難に直面しました。

  1. 初期投資と資金繰り:

    • 廃校と古民家の改修には多額の費用が必要でした。補助金活用に際しても、自己資金の一部が必要であり、資金調達が課題でした。
    • 解決策: 複数年度にわたる補助金申請計画を策定し、段階的な改修を進めました。また、地域金融機関との連携を強化し、低利融資の活用や、クラウドファンディングによる補完的資金調達を実施しました。
  2. 地域住民の理解と協働体制の構築:

    • 当初、廃校の活用や外部からの観光客受け入れに対し、一部住民からの戸惑いや反対の声も聞かれました。
    • 解決策: 定期的な住民説明会やワークショップを開催し、事業の目的、地域へのメリット(雇用創出、経済効果、文化継承)を丁寧に説明しました。また、地域住民が運営に参画できる仕組み(体験プログラムの講師、ガイド、清掃、古民家管理など)を設け、主体的な関与を促しました。NPO法人が住民と行政の橋渡し役を担い、信頼関係を構築する上で重要な役割を果たしました。
  3. 人材の確保と育成:

    • 観光施設の運営経験者や、伝統工芸体験の指導ができる人材が不足していました。
    • 解決策: 地域おこし協力隊制度を活用し、外部から若手人材を誘致しました。また、既存の工芸家には観光客対応や指導スキル向上のための研修プログラムを提供。地域住民に対しては、ガイド養成講座や接客研修を実施し、多能工として活躍できる人材を育成しました。
  4. 環境保全と観光振興の両立:

    • 里山環境への影響や、古民家改修における景観保全の課題がありました。
    • 解決策: 環境アセスメントの専門家を招き、里山散策ルートの設定や廃棄物管理に関する指導を受けました。古民家改修においては、「景観法」や地域の景観条例を遵守し、伝統的な工法や素材を優先的に採用することで、周辺景観との調和を図りました。

プロジェクト実践のノウハウ

「里山クラフトステイ」の事例から得られた実践的なノウハウは、以下の通りです。

他地域への示唆

「里山クラフトステイ」の事例は、他地域にとっても多くの学びを提供します。

  1. 地域固有資源の再発見と再定義: どの地域にも独自の歴史、文化、自然、産業があります。それらを単体で捉えるのではなく、組み合わせることで新たな価値を生み出す視点が重要です。廃校や古民家といった「負の遺産」と見られがちなものも、視点を変えれば魅力的な資源となります。
  2. 地域住民の主体的な参画と協働体制: 地域住民が「おもてなしの担い手」となり、「地域づくりの当事者」となることが、持続可能なエコ旅の成功に不可欠です。行政は、そのための場作りやファシリテーションの役割を担うべきです。
  3. 多拠点・滞在型観光へのシフト: 短期滞在型の観光から、地域に深く入り込み、複数日滞在する多拠点・滞在型への転換は、地域経済への貢献度を高め、より深い交流を生み出します。
  4. 文化継承と経済活動の両立: 伝統文化や工芸の継承は、それ自体が目的であると同時に、観光コンテンツとして経済的価値を生み出すことも可能です。この両輪を回すことで、持続可能な文化保全が可能となります。

まとめ

「奥美濃里山町」の「里山クラフトステイ」は、廃校という地域の課題を逆手に取り、伝統工芸と多拠点滞在を組み合わせたエコ旅を開発することで、地域活性化と文化継承の新たなモデルを提示しました。本事例が示すのは、単なる観光開発に終わらない、地域住民の生活、文化、環境すべてを考慮した「持続可能な地域づくり」の可能性です。

地方自治体の皆様が地域振興を推進する上で、本事例が具体的なアイデアや実践的なヒントとなり、それぞれの地域固有の資源を活かした、魅力あふれるエコ旅の創出に繋がることを期待いたします。地域の未来を拓くための一歩として、ぜひ本事例を参考に、新たな挑戦を始めてみてはいかがでしょうか。