ジオパークを核とした教育ツーリズム成功事例:地域連携と環境学習で拓く持続可能な地域づくり
導入:地域資源を活用した教育ツーリズムの可能性
地方自治体の地域振興を担う皆様にとって、地域固有の資源をどのように活かし、持続可能な発展へと繋げるかは常に重要な課題であると存じます。本記事では、特に地質遺産を核とする「ジオパーク」が、いかに教育ツーリズムと結びつき、地域の活性化と持続可能性の向上に貢献しているか、具体的な成功事例を通してご紹介いたします。本事例は、予算や人材に制約がある中でも、地域資源の新たな価値を発見し、効果的なプロジェクトを企画・実行するための示唆を提供できるものと考えます。
事例の具体像:里山ジオパークの「次世代学習プログラム」
今回ご紹介するのは、架空の「里山ジオパーク」における「次世代学習プログラム」の開発事例です。この地域は、数千万年前の海底火山活動によって形成された複雑な地層と、それによって育まれた豊かな生態系、さらに太古から続く人々の暮らしの痕跡(縄文文化、里山農耕文化)という多様な地域資源を有しています。
里山ジオパークが核としたのは、これらの固有資源を統合的に「学び」の対象とするサステナブルツーリズムです。具体的には、小学高学年から中学生を主なターゲットとした「里山ジオパーク次世代学習プログラム」を開発しました。これは、単なる観光ではなく、地域の地質学専門家や地域住民が「ジオガイド」としてプログラムを主導し、以下のような体験を通じて地域への理解と愛着を深めることを目的としています。
- 地層・化石観察: 特徴的な露頭や化石産地でのフィールドワーク。
- 生態系学習: ジオサイト周辺の希少な動植物観察と生態系保全の重要性の学習。
- 伝統文化体験: 地域の湧水を使った蕎麦打ち体験、土器づくり、里山農作業体験など。
- 環境保全活動: ジオサイト周辺の清掃活動や外来種駆除への参加。
本プログラムの独自性は、参加者が「お客様」に留まらず、地域の未来を担う「学習者」として、地域資源の価値を深く理解し、その保全活動にも能動的に関わる点にあります。このアプローチにより、参加者の満足度向上だけでなく、地域資源の持続的な保全へと繋がる好循環を生み出しています。
成功の要因と秘訣:多角的な連携と明確な目標設定
里山ジオパークの次世代学習プログラムが成功を収めた要因は多岐にわたりますが、特に以下の点が挙げられます。
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多主体連携による推進体制:
- 教育委員会: 学習指導要領との連携、学校へのプログラム提案。
- 大学の地質学研究室: プログラム監修、専門家による講演、ジオガイド育成協力。
- NPO法人(環境保全): 環境アセスメント、保全活動への参加協力。
- 観光協会・地域事業者: プログラムの広報、宿泊・食事の手配、地域産品の活用。
- 地域住民: ジオガイドとしての活動、民泊提供、伝統文化体験の指導。 これらの機関が「里山ジオパーク協議会」を組織し、定期的な情報共有と意思決定を行うことで、一体的な運営を実現しました。
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資金調達の工夫と補助金活用: プログラム開発初期段階では、環境省の「エコツーリズム推進交付金」を活用し、プログラム開発費やジオガイド育成費用を賄いました。また、観光庁の「地方創生推進交付金」を申請し、教育機関へのプロモーション費用や地域内交通の改善に充てることができました。地域企業からのCSR活動としての協賛も積極的に募り、プログラムの継続的な運営基盤を構築しています。
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明確な成果指標(KPI)の設定と評価:
- 年間参加者数: 初年度目標1,000人を達成し、現在では年間3,000人以上が参加しています。
- 参加者満足度: プログラム後のアンケートでは、「大変満足」または「満足」と回答した割合が95%を超えています。
- 地域住民ガイド育成数: 毎年10名以上の新規ジオガイドが認定され、現在では50名体制で運営されています。
- 地域経済波及効果: プログラムによる宿泊、飲食、地域産品消費による経済効果は年間5000万円に達しています。 これらのKPIを定期的に評価し、プログラム内容の改善や広報戦略の見直しに繋げています。
直面した課題と解決策:地域との信頼関係構築
プロジェクトの推進過程では、いくつかの課題に直面しました。
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地域住民の理解と協働体制の構築: 当初、地域住民からは「観光客が増えることによる生活環境への影響」や「ジオパーク活動の具体的なメリットが不明瞭」といった懸念の声が上がりました。
- 解決策: 協議会は、住民説明会を複数回開催し、プログラムの目的、地域にもたらされる経済効果(雇用創出、特産品消費増)、教育効果を丁寧に説明しました。また、住民向けにジオパークに関する勉強会や無料モニターツアーを実施し、自地域の資源の価値を再認識してもらう機会を創出しました。ガイド養成講座の受講料補助や、プログラム収益の一部を地域振興基金に充てることで、具体的なメリットを可視化し、協力体制を築きました。
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専門人材(ジオガイド)の確保と育成: 専門的な知識を持つガイドが不足している点が課題でした。
- 解決策: 大学と連携し、地質学の専門家を講師に招いたジオガイド養成講座を定期的に開催しました。地域住民の中から意欲のある人材を募り、座学と実地研修を組み合わせた約半年間のプログラムを通じて専門知識とガイドスキルを習得してもらいました。また、修了者にはジオパーク独自の認定資格を付与し、継続的な学習と活動へのインセンティブを提供しています。
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環境保全と観光振興の両立: 特定のジオサイトへの集中による環境負荷の増加が懸念されました。
- 解決策: NPO法人や大学の専門家と連携し、プログラム実施前の環境アセスメントを実施しました。その結果に基づき、一度に受け入れる参加者数の上限を設けたり、環境負荷を軽減するためのルート設定や分散化を図ったりしました。また、プログラム内に清掃活動などの保全活動を組み込むことで、参加者自身にも環境意識を醸成しています。
プロジェクト実践のノウハウ:持続可能な運営のための視点
里山ジオパークの事例から学ぶべき実践的なノウハウは以下の通りです。
- 企画立案: 地域固有の資源を「ストーリー」として紡ぎ、ターゲット層に響く「学びのテーマ」を設定することが重要です。単なる見学ではなく、五感を使い、深く考える体験をデザインしてください。
- 資金調達: 複数の補助金制度(例:環境省エコツーリズム推進交付金、地方創生推進交付金、文化庁の文化財活用関連補助金など)の情報を常に収集し、事業内容に合致するものを複数組み合わせることで、予算の安定化を図ります。また、地域企業への協賛依頼時には、企業のCSR活動への貢献度を具体的に提示することが有効です。
- 関係機関との調整: 初期段階から多様なステークホルダー(教育機関、観光団体、NPO、大学、地域住民)を巻き込み、定期的な協議の場を設けることで、合意形成と円滑な連携を促進します。
- 地域住民との協働: プロジェクトの「担い手」としての住民参加を促し、彼らの知恵や経験をプログラムに積極的に取り入れることで、より深みのある体験を提供できます。収益還元や雇用創出といった具体的なメリットを提示し、住民の主体的な参画意識を高めることが重要です。
- 環境アセスメントとモニタリング: プログラム実施前に環境への影響を評価し、実施中も継続的にモニタリングを行うことで、持続可能性を確保します。必要に応じて、参加者数制限やルート変更などの対策を講じます。
- プロモーション: 教育機関(学校、塾など)への直接営業に加え、教育的価値を強調したウェブサイトやパンフレットを作成します。ジオパークネットワークや地域の観光情報サイト、SNSを活用した多角的な情報発信も効果的です。
- 運営管理: ガイドの質の維持向上のため、継続的な研修や情報交換会を実施します。また、緊急時対応計画を策定し、安全管理を徹底することも不可欠です。
- 効果測定とフィードバック: 設定したKPIに基づき定期的に効果を測定し、参加者アンケートや関係者ヒアリングを通じて得られたフィードバックを、プログラムの改善に活かすサイクルを確立します。
他地域への示唆:地域資源の再発見と多角的な視点
里山ジオパークの事例は、ジオパークを持たない地域においても、重要な示唆を提供します。
- 「学び」の価値の再発見: 地域に存在する自然、歴史、文化、産業といった資源は、単なる観光資源としてだけでなく、「学び」の題材として大きな価値を持ちます。この教育的価値を掘り起こし、独自のプログラムを開発することで、新たなターゲット層(教育旅行、修学旅行など)の誘致に繋げることが可能です。
- 多角的な連携の重要性: 地方自治体単独での取り組みには限界があります。教育機関、研究機関、NPO、地域住民、民間事業者など、多様な主体との連携を深めることが、プロジェクト成功の鍵となります。
- 持続可能性の初期段階からの組み込み: 環境保全、地域経済への還元、地域文化の継承といった持続可能性の要素を、企画の初期段階からプロジェクトデザインに組み込むことが不可欠です。これにより、短期的な成果にとどまらない、長期的な地域づくりに貢献できます。
まとめ:地域資源と教育が拓く未来への道筋
里山ジオパークの「次世代学習プログラム」は、地域固有の地質遺産と文化、生態系という資源を核に、教育的価値を最大限に引き出したサステナブルツーリズムの成功事例です。この取り組みは、単に観光客を誘致するだけでなく、地域の自然や歴史への深い理解を促し、次世代の地域を担う人材の育成に貢献しています。
地方自治体の皆様におかれましては、本事例を参考に、改めてご自身の地域の資源を見つめ直し、その「学び」の可能性を探ってみてはいかがでしょうか。多様な主体との連携を深め、持続可能な地域づくりという視点を持って、新たなエコ旅事例の開発に挑戦されることを期待しております。