里山生態系保全と地域経済活性化を両立するエコツアー:NPO連携による成功事例と運営ノウハウ
導入
近年、地方自治体においては、地域固有の資源を活用した持続可能な観光開発が喫緊の課題となっています。特に、人口減少や高齢化が進む中山間地域では、豊かな自然環境や伝統文化の保全と、交流人口の創出や地域経済の活性化をどのように両立させるかが問われています。本記事では、この課題に対し、地域NPOとの連携により里山生態系保全とサステナブルツーリズムを成功させた具体的な事例を紹介いたします。本事例は、予算や人材に制約がある中でも、地域の特色を最大限に活かし、地域住民と協働しながら、持続的な観光モデルを構築するための実践的な知見を提供します。
事例の具体像:緑水町の里山エコツアー
〇〇県緑水町は、古くから人々が自然と共生してきた美しい里山が広がる地域です。しかし、近年は過疎化と耕作放棄地の増加により、里山生態系の荒廃が懸念されていました。この状況に対し、地域の有志が立ち上げた特定非営利活動法人「緑水里山保全会」(以下、保全会)が中心となり、地域固有の里山資源、特に多様な動植物が生息する生態系と、伝統的な里山文化を核としたエコツアーが開発されました。
「緑水里山エコツアー」は、単なる自然観察に留まらず、参加者が里山保全活動の一部を体験できる「保全参加型ツアー」として設計されました。主なプログラムには、希少植物の観察と保全作業(植栽、外来種駆除)、伝統的な炭焼き体験、里山の動植物調査への参加、地域住民との交流を深める農作業体験や地元食材を使った昼食などが含まれます。この取り組みの独自性は、地域の生態系に精通した保全会の専門スタッフがガイドを務め、参加費の一部が里山保全活動に直接還元される仕組みにあります。これにより、参加者は単なる旅行者ではなく、里山保全の担い手としての意識を持つことができるのです。
成功の要因と秘訣
緑水町における里山エコツアーの成功には、いくつかの重要な要因が存在します。
一つ目は、地域NPO「緑水里山保全会」の専門性と情熱です。保全会は長年にわたり里山環境の調査・保全活動を行っており、その深い知識と地域への強い愛着が、質の高いツアーコンテンツと信頼性のある情報提供を可能にしました。専門家によるガイドは、参加者に里山の価値を深く理解させる上で不可欠な要素です。
二つ目は、多角的な連携体制の構築です。保全会は、緑水町役場観光課と密接に連携し、広報活動や補助金申請の支援を受けました。また、地元の農家や森林組合、古民家の所有者など、地域住民の協力を得ることで、単なる見学ではなく、実際に手を動かす体験や地域との交流が可能なプログラムを実現しました。
三つ目は、資金調達における戦略性です。初期投資には、環境省が所管する「エコツーリズム推進補助金」や、内閣府の「地方創生推進交付金」を複数年度にわたり活用しました。これにより、ツアー運営に必要な資材購入、ガイド育成、情報発信基盤の整備を進めました。さらに、ツアー参加費の一部を保全活動費に充てることで、経済的自立を促し、持続可能な運営モデルを構築しています。
マーケティングにおいては、保全会のウェブサイトやSNSでの情報発信に加え、環境教育に関心の高い層や教育旅行団体をターゲットに、専門旅行会社との連携を強化しました。その結果、年間約1,500人の参加者を集め、約1,000万円の地域内経済効果(宿泊、飲食、特産品購入を含む)と、年間約150万円の保全活動費への還元を実現しています。ツアーにより、緑水里山では過去5年間で特定の希少昆虫の生息数が約20%増加するなど、具体的な環境改善効果も確認されています。
直面した課題と解決策
プロジェクトの推進過程では、様々な課題に直面しました。
初期段階での最も大きな課題は、地域住民の理解と協力の獲得でした。里山の保全と観光を両立させることへの不信感や、外部の介入への抵抗感が存在しました。これに対し保全会は、地域説明会を定期的に開催し、ツアーの目的、地域にもたらす経済効果、環境保全への貢献を丁寧に説明しました。また、住民がツアープログラムの開発段階から関われるワークショップを設け、彼らの知恵やスキルを活かせる場を作ることで、主体的な参画を促しました。具体的には、地元の古老が語り部として歴史や文化を伝えるプログラムや、農家が指導する農作業体験などが生まれ、住民の積極的な協力に繋がりました。
次に、専門ガイドの人材育成と確保が課題でした。当初は保全会の限られたスタッフがガイドを務めていましたが、ツアーの増加に伴い対応が困難になりました。この解決策として、保全会は地域の自然に詳しい住民を対象としたガイド養成講座を開設し、座学と実地研修を組み合わせた独自のカリキュラムを提供しました。これにより、専門知識と地域への理解を兼ね備えた複数の地域住民がガイドとして活躍できるようになり、雇用の創出にも貢献しました。
また、環境保全と観光客誘致のバランスは常に意識すべき課題でした。過度な観光客の流入は、かえって生態系への負荷を増大させる恐れがあります。このため、ツアーの年間受け入れ人数に上限を設け、特定のエリアへの立ち入りを制限するなどの対策を講じました。また、参加者にはツアー前に里山での行動規範を説明し、環境負荷を最小限に抑えるためのマナー啓発を徹底しています。
プロジェクト実践のノウハウ
緑水町の事例から得られるプロジェクト実践のノウハウは、以下の通りです。
- 企画立案とコンテンツ開発: 地域資源の深掘り(単なる「自然」ではなく「希少な動植物」「伝統的な農法」など具体的に)と、地域課題(里山荒廃)の解決を目的としたユニークな体験プログラムをNPOが主導で開発しました。
- 資金調達の多角化: 複数の補助金制度(環境省エコツーリズム推進補助金、地方創生推進交付金等)の要件を綿密に調査し、自プロジェクトのどこに活用できるかを見極めることが重要です。また、参加費による活動費の確保、クラウドファンディングの活用など、自立的な財源確保の道を模索することも不可欠です。
- 関係機関との調整: 地方自治体(観光課、環境課)、森林組合、地権者など、多様なステークホルダーとの定期的な情報共有と合意形成が成功の鍵です。関係機関との連携協定を締結し、役割分担を明確にすることで、スムーズなプロジェクト推進が可能となります。
- 地域住民との協働: 一方的な計画ではなく、説明会、ワークショップ、意見交換会を通じて住民の意見を吸い上げ、プログラムに反映させることが信頼関係構築に繋がります。住民が案内人や体験提供者として関わることで、地域全体の「おもてなし」の質が高まります。
- 環境アセスメントとモニタリング: ツアー開始前の生態系調査に加え、ツアー実施後の環境影響(土壌浸食、動植物への影響など)を定期的にモニタリングし、必要に応じてルートやプログラムの見直しを行うことが、持続可能性を担保します。エコツーリズム推進法に基づく認定制度の活用も有効な手段です。
- プロモーション戦略: ターゲット層(環境意識の高い個人、教育旅行、企業研修など)を明確にし、彼らがアクセスしやすい情報媒体(専門誌、SNS、旅行博など)を選定して発信します。また、自治体ウェブサイトでの紹介や、地域おこし協力隊による広報支援も有効です。
- 運営管理と品質保証: 安全管理マニュアルの策定と徹底、ガイドの定期的な研修、参加者からのフィードバック収集とプログラム改善を継続的に行うことで、ツアーの品質を維持・向上させます。
他地域への示唆
緑水町の事例は、他の地域がサステナブルツーリズムを開発する上で、以下の重要な示唆を提供しています。
- 地域NPOの潜在力: 地域に根差したNPOは、地域の資源を深く理解し、保全への情熱を持つ人材の宝庫です。彼らをパートナーとすることで、行政単独では難しい専門性の高いエコツアー開発が可能になります。
- 「保全」と「観光」の融合モデル: 観光を単なる消費活動と捉えるのではなく、環境保全や地域課題解決への貢献と結びつけることで、付加価値の高い持続可能な観光モデルを構築できます。参加者が地域の一員として活動に参加する意義を強調することが重要です。
- 多主体連携の成功事例: 地方自治体、NPO、地域住民、民間企業(旅行会社など)がそれぞれの強みを持ち寄り、共通の目標に向かって協力する体制は、予算や人材の制約を克服するための強力な推進力となります。
- 「地域への還元」の明示: ツアーの収益がどのように地域に還元され、持続的な保全活動や住民の生活向上に貢献しているかを明確に示すことで、地域住民の理解と参画を深め、観光客の共感を呼びます。
まとめ
緑水町の里山エコツアーは、地域固有の豊かな自然と文化を核とし、NPOの専門性、多主体連携、そして明確な保全意識をもって開発された成功事例です。この取り組みは、単に観光客を誘致するだけでなく、里山生態系の保全、地域経済の活性化、地域住民の誇りの醸成という多岐にわたる効果を生み出しています。
地方自治体の皆様が、自地域の資源を活かしたサステナブルツーリズムを検討される際には、本事例で示された企画立案、資金調達、関係者との協働、課題解決のアプローチを参考に、地域の特色を最大限に引き出す戦略を構築されることを推奨いたします。地域資源を守り、次世代に繋ぐための「エコ旅」は、持続可能な地域づくりに向けた重要な一歩となるでしょう。